Q:従業員に金を貸すに際して、「給料から天引きされても異存はありません」という内容の念書を取っています。念書は有効でしょうか。

A:原則として無効です。労働基準法24条は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めていますが、この規定の解釈として、上記のような天引き予約(相殺予約)は、無効と解されるのです。

従って、給料日に貸金を天引きすることは許されません。もっとも、実際に天引きしても、問題の従業員が、上司の不興を覚悟で、「念書は無効だから給料全額支払え」と求めることは少ないでしょう。

しかしながら、裁判にまでなるパターンとしては①問題の従業員が借金したまま退社後、会社から天引きされた結果、もらえなかった給料や退職金を裁判で請求する場合や②従業員に対する他の債権者が当人の給料を差押えたために、会社がこれに対抗して、天引きが優先すると主張する場合などで、結局、天引き予約が有効だったか否かの判断を裁判所に仰ぐこととなります。

裁判所の考えはこうです。労働基準法の「賃金は全額支払わなければならない」とする規定には、従業員の生活維持のため、会社が従業員に対して持っている権利(貸金や従業員のミスで被った損害賠償など)と相殺は許さない趣旨を含んでいる。そして、たとえ、従業員の念書があっても、在職中に入れた念書は本当に自由な意思で差し入れたと言えない、規定の趣旨をないがしろにする結果に変わりはないから、相殺予約は無効である(東京高裁平成2・12・10判決)。

例外的に、真に従業員の自由な意思から出た同意のもとに相殺された場合には有効とされる場合があります。会社が従業員のために、退職金を引き当てに長期、低利の融資制度を設けていて、その制度で貸付がなされ、退職時に改めて同意のもとに相殺をしたような場合です(最高裁平成2・11・26判決)。

従業員に情けをかけて金を貸すのは、従業員の引き止めや、ロイヤリティ醸成などの実効性はあるかもしれませんが、質問の念書は法律上は無効です。

「従業員への貸付と給料からの天引き予約」

万一の時は給料や退職金から天引き出来ると考えて、従業員に金を貸すのは慎重に。従業員が他から給料の差押えを受けたり、退職したりすると、回収が出来なくなる可能性が残ります。

熊本経済 平成21年7月号掲載